No.60 赤十字救護服で「1.17のつどい」に出席しました – 日本赤十字社 兵庫県支部

事務局長の窓

No.60 赤十字救護服で「1.17のつどい」に出席しました

2023年1月18日 掲載

事務局長 大久保博章

1月17日、ひょうご安全の日。阪神・淡路大震災から28年が経った。
今年もHAT神戸の「人と防災未来センター」前で開催された「1.17のつどい」に日赤兵庫県支部代表として出席した。
天候は晴れ。気温は低いが風もなく、28年前のあの日と同じように、穏やかな冬の一日である。
式典は、県立西宮高校音楽科生徒による献奏曲にはじまり、黙禱、知事挨拶、谷防災担当大臣の挨拶。そして小中高校生の未来に向けたメッセージのあと、灘の浜小学校児童による「しあわせはこべるように」の献唱、1.17ひょうご安全の日宣言、最後に参列者による献花を行い、約1時間で終了した。

式典が始まる前、県職員時代の上司、同僚や県会議員、各種団体代表の方々など、旧知の方々に挨拶したが、皆さんからの第一声は「すぐに日赤と分かったよ」「目立ってるねえ」「かっこいいねえ」など、お褒めの言葉をいただいた。
確かに会場を見渡しても、出席者は防災服かコート姿である。県の防災服は上下紺、神戸市長は上下グレー、警察は濃紺、消防も朱色の入った青が基調である。平服参加の出席者は、皆、黒または濃紺のコート。その中で赤が基調の日赤の救護服は、会場内で赤一点。自分ではわからなかったが、さぞ目立っていたことと思う。

実は、日赤の救護服は、阪神・淡路大震災の時は、ベージュ一色であった。当時の写真を見ても他の救護・支援団体と区別するために、胸と背中に大きな赤十字のシールを貼って活動を行っている。
阪神・淡路の時も、その後の災害時の救護活動においても、日赤の姿が見えない、他団体との区別がつかない等の意見もあったと聞く。
また、以前の救護服は、安全性、機能性にも改善をはかるべき点があったということで平成17年に現在の救護服に改められたらしい。

確かに日赤の救護服は目立つ。災害時に目立てばいいというものではないが、苦しんでいる被災者にとって、「日赤が来てくれた!」という日赤の救護服を見つけた時の安心感、安堵感ということを考えると、視認性というものは大変重要だ。
救護服は、作業服メーカーに発注するのが通常だが、日赤の救護服は、アパレルメーカーに機能を指定して作製してもらったものらしい。多くの女性救護員も着用するといったことにも配慮されたものであろう。

最近は、式典や訓練ぐらいしか救護服を着用することがないが、災害時にこそ真価が発揮される救護服。この救護服に課せられた日赤に対する国民の信頼と役割を思うとき、その責任の重さに気が引き締まる思いだ。